カテゴリ:・夢を見るころ( 6 )   

彼女   

2016年 09月 23日

「俺、この資料は今日中に仕上げてくれって言わなかった?」

いつもの冷たい目を細めて、口角だけほんの少し上げて静かな声で言い放った。


篠塚主任は、怖いと言うより、冷たい。
温度が感じられない。
新人の頃、篠塚さんが叱るのを見てそんな風に思った。

「え、あの。もちろん今日中には」
「時間は十分にあったはずだよ。君の今日中っていったい何時までの事だよ?」
時計は19時になろうとしていた。
「・・・・あの、どうしても計算のつじつまが合わなくて」

「ココ」

小さくため息をつきながら、人差し指でトントンとプリントアウトした数字の羅列の一か所を指差した。

「ココでもう一つ関数を入れなきゃ計算が合う訳ないだろ」
「あ・・・あ。そうでした」

その人の資料をもとに、篠塚さんがもう一段階手を加えて、明日の朝部長に提出しなきゃいけない書類のはずだ。
ずっと彼が何かに引っかかっているらしいのは気がついていたけど
篠塚さんが何も言わずに見守っていたので、周りも静観していた。

「自分で解決できないのならさっさと持ってこい。
数字なんだから妥協できるはずないだろ?1円でも見逃すなよ!」
「はい」

これから彼があの資料を完成させて。
その後、篠塚さんが手を加えて、今日中に終わるのかな。

篠塚さんは・・・
冷たいと思われがちだけど、すぐに答えを教える上司より
よっぽど部下を育てる根気があると思う。
ただ、そんな篠塚さんの態度は一見すると冷たくて
分かってくれない人は多い。

そんな心配をしていると、経管の楠さんが経理に顔をのぞかせた。
「忙しいところすみません、篠塚さんちょっと」

部外者の声かけでほんの少し部の雰囲気が緩んだ。

数分して席に戻った篠塚さんはいきなり帰り支度を始めた。

「悪い。急用ができた。その資料必ず今日中に仕上げろよ。
部長すみません。明日の朝一にはお渡ししますので」

明日の朝一で部長に出す資料の重要さは部のメンバー全員が知っていたので
仕上げないで帰るのはよっぽどの事だと判断した上の人が
「篠塚、何かあったか?資料は他の奴に回すか?」
と声をかけた。

「あ、プライベートなんで。明日始発で来て仕上げます。
すみません。ありがとうございます」
と、退社しようとしたところで

「無理するな。急用なんだろ?俺たちで何とかするよ」
とまた声がかかった。
「あ、いや、あの。彼女がサプライズで家に来ているようなので。
近頃会えていなかったので、とりあえず帰ります。お先に失礼します」

そう言って振り返りもせず帰って行った篠塚さんの後姿を
全員がぽかんと見つめた。

「ああ・・・この彼女ね」

部長がパソコンの広報部の共有ホルダーに入っている画像を映し出した。
いつだったか、いつもの居酒屋で広報の新人君が撮ってくれた写真だ。

「こんな顔の篠塚は俺だって見たことないな」

部長がそう言いながら笑うから
ほとんどの部員が自分のPCにその画像を映し出した。

仕事を残して篠塚さんが慌てて帰る彼女。
見た事もないような顔で笑いかける彼女。

羨ましいな―――

篠塚さんへの恋心はそっとしまいこんだ。

END****







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by ichigo-ichigo205 | 2016-09-23 12:11 | ・夢を見るころ | Comments(2)

夢の計画   

2015年 09月 02日


急に早く帰れることになって
篠塚さんに「デートしよう」と電話をしようとして、辞めた。

そうだ!いつも外で食べているけど
今日は料理を作って家で待っていよう!
たまには驚かせよう!
そんな風に思い立った。

でもいつも篠塚さんは帰りが遅いから
何も言わないで待っていて、帰ってきたのが午前様、とかいやだから
駿に探りを入れさせよう!

自分のあまりにも素敵な思い付きに笑いが止まらない。

「あ。駿?」
「なに?」
「あんたね~。その言い方、改めなさいよ?本当に不愛想ね!」
「夢にだけは言われたくない。で?何?」
「篠塚さんなんだけどさ、今日何時ごろ帰るか聞いてくれない?」
「は?」
「家でご飯を作って待ってようと思うんだけど、
午前様だったらいやじゃない?それとか食べてきちゃったりさ」
「夢さぁ~、その計画はやめたほうがいい」
「なんで?」
「今経理忙しいから」
「そっか~。帰りが遅いのか・・・」
「違う」
「え?」
「忙しいから、夢の作ったもので食中毒になっている暇がないってこと」
「はぁぁぁぁ?」
「篠塚さんの身体はウチの会社にとって大事だから。
夢の食事でくるわせたくない」
「はぁぁぁ?何言ってんの?あんたバカ?」
「いや。誰にでもわかることを言ってる。夢のご飯はキケンだ!」
「・・・・」
「マジでやめてくれよ?今経理は忙しいんだからな!」

そう言って電話を切られた。
駿のやつ・・・・

本当にむかついたけど、なんかさっきのワクワク感は一気に沈んだ。
それでも「今は忙しい」と聞いたから、デートしよう、とも言いだせない。
篠塚さんは私から電話があれば
明日終電になったとしても、今日私と会うだろう。

はぁ・・・
小さいため息を1つついて
お弁当を買って篠塚さんのマンションに行った。
会えなくてもしょうがないと思った。

テレビを見ながら、お弁当を食べていたら
汗をかきながら、ネクタイを緩めて帰ってきた。

「夢、いる?」
「あれ?おかえり。今忙しいんじゃないの?」
「楠がさっき部に来て夢から電話があったって言いに来た」
「え・・・・」
「俺に直接電話すればいいのに」
「うん・・・びっくりさせようと思ったの」
「そっか。十分びっくりした」

嬉しそうに笑いながら言うけど。
時計を見たらまだ8時で。
こんな時間に帰ってこれるはずがない。

「忙しいときにごめんね」
「いや。例え明日終電になったとしても、今日夢と会う方を選ぶよ。
来てくれてありがとう」

ギュッと抱きしめられたその汗の匂いに
ああ、走ってきたんだな。と思ったら愛しさがこみ上げてきた。

「篠塚さん大好き」
「俺も」

「ご飯はお弁当だから、食中毒は起こさないよ」

そう言った私の言葉に篠塚さんは大笑いした。



END*****


 
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by ichigo-ichigo205 | 2015-09-02 23:58 | ・夢を見るころ | Comments(0)

報告   

2015年 07月 03日

篠塚さんとのデートで篠塚さんの会社近くの居酒屋に時間より少し早くにお店に入る。
すでに何人か飲み始めている座敷の方を見て
知っている顔がいたら軽く挨拶して。

奥のテーブルに座る。

ふーっと息を吐き出して
今週も忙しかったな。と自分をねぎらって
ビールを美味しく飲むために3時から水分を控えていた。

梅雨のジメジメした陽気にキンと冷やしたビールは美味しいだろうな。

そう思って出されたおしぼりで手を拭いていると
篠塚さんが軽く息を弾ませて入ってきて
「ビール2つ」と注文した。
駆けてきたんだな。

篠塚さんの気づかいに嬉しくなって乾杯して
二人でグッっとビールを半分飲み干した。
「美味しい!」
「あー。美味いな。やっと株主総会も終わった」
「お疲れ様」
「今日は楠も呼んでるんだ」
「えー。駿も?」
「夢。眉間にしわ」

そういって、私の眉間に寄ったしわを右手の人差指で消すようになぞった。

「花ちゃんも呼んでるんだ」
「花も?」
「あの二人に結婚の報告を俺たちがそろって話してないだろ?
きちんと報告しようと思って」

「うん。ありがとう。篠塚さん!」
「慶輔。って呼んでよ。楠と花ちゃんの前では特に見せつけたい」
「何それ」

篠塚さんの良く分からない見栄に小さく笑った。

「俺たちがめちゃめちゃ幸せだって見せつけたいな。と思って」
そういってテーブルの上の私の手を取って指と指をからませた。
「慶輔」

「うん。夢と飲むビールはいつもより美味い」
慶輔は照れ隠しに、空いている方の手でビールを飲み干した。
「慶輔。大好き」


「あの~・・・俺たち、向こうで飲んできましょうか?」

今来ただろう、そばで立っている駿と花が苦笑いしていた。


END******
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by ichigo-ichigo205 | 2015-07-03 06:00 | ・夢を見るころ | Comments(0)

姉妹のナイショ話   

2015年 05月 03日

「夢ちゃん。今日一緒に寝てもいい?」
「花。良いよ。一緒に寝よう」

今日、夢ちゃんが篠塚さんとのデートから帰ってきて。
篠塚さんにプロポーズされたと教えてくれた。

あたしにその事を話す夢ちゃんはものすごく幸せそうで。
「駿ちゃんの事は?」なんて聞けなかった。

「夢ちゃん。寝た?」
「寝てないよ」
「篠塚さんの事おめでとう。夢ちゃんが幸せそうで本当にあたしも嬉しい」
「うん。ありがとう」

夢ちゃんはベッドの中で向きを変えてあたしをにこにこしながら見つめた。

「花。花は周りの人をその笑顔で幸せにする力があるんだよ。
普通の会社勤めがいやなら他で働いてもいいんだよ」
「・・・・」

夢ちゃんはあたしがシュウカツで四苦八苦しているのを知ってる。

「みんな。お父さんもお母さんも夢ちゃんも駿ちゃんも篠塚さんも・・・
普通に会社で働いているのに。どうしてあたしには出来そうにないんだろう」
「花。普通なんてないんだよ。良いんだよ。自分の好きな仕事をして」
「夢ちゃん・・・」

夢ちゃんは小さいころからいつもあたしの味方だった。

「夢ちゃんが結婚したら寂しいな」

小さく流れた涙は枕の布にスッと吸い込まれた。

「私が篠塚さんと出会ったように、花にも素敵な人が現れるよ。
きっと誰よりも花を大事にしてくれる」
「・・・・うん」

「夢ちゃん。駿ちゃんの事はもう良いの?」
「駿?う~ん。本当はまだダメなのよ?主任になってないから。
でも篠塚さんにも、駿を応援しろって言われてるしなぁ~」
「?」
「花!ここらではっきりさせたいの!花は駿をどう思ってるの?」
「え?え?え?」

夢ちゃんは今までゆったりとした空気の中で、まどろんでいたのに
急にガバッと起きだして、あたしに問い詰めた。

「駿を男として好き?嫌い?」
「男として?」
「そうよ。幼馴染の隣の駿ちゃん、じゃなくてオトコとしてよ!」
「・・・・・すき」
「え?好きなの?」
「・・・・うん。今まで言えなかったけど・・・」

「男として好きなの?」
「うん」

あたしもガバッと起きて夢ちゃんと向かい合った。

夢ちゃんはしばらく独り言をぶつぶつ言って
何やら考えているようだった。

「本当に好きなの?あの駿よ?あの駿を好きなのね?」
「うん。好き」
「あの駿よ?間違えてないよね?あの駿のことだよ?」
「うん。駿ちゃんが好きなの」
「・・・・」

夢ちゃんは笑いながらあたしの髪をくしゃっとして
「モノ好きな子ね!」と笑った。

「私に任せておきなさい。同棲させてあげるわ」
「・・・え!」
「一緒に住みたいでしょ?花は料理が得意なんだから。
バカみたいに仕事して疲れてる駿にご飯を作ってあげたら
あんな奴イチコロよ!」
「そうかな?」
「そうよ。あんな単純な奴。美味しいご飯ですぐに花のモノになるわよ」
「そうかなぁ・・・?」

「お姉ちゃんに任せなさい!」

あたしたちは昔から名前で呼び合っていた。
夢ちゃんが自分の事を「お姉ちゃん」と呼ぶ時は何か企んでいる時だ。


それから。
夢ちゃんと篠塚さんは結婚式を迎え。
あたしは夢ちゃんのシナリオ通りに駿ちゃんと暮らすことになった。

夢ちゃんのシナリオを聞いた篠塚さんは苦笑いしていたらしい。

そして、今日も駿ちゃんはあたしに夜中のキスをしに来る。

「夢。ごめん」
その言葉の意味を知るのは、もう少し後の話。


END******
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by ichigo-ichigo205 | 2015-05-03 07:00 | ・夢を見るころ | Comments(0)

プロポーズ   

2015年 04月 29日

いつもは篠塚さんの会社の近くの居酒屋なのに
たまには美味しいものでも食べに行かないか?と
誘われたのはこの前雑誌に載っていた、お店だった。

「こんな素敵なお店、誰と来たの?」
半分本気で、軽く睨んだら、篠塚さんはプッと吹き出して
「この店、同期がオーナーなんだ」
と穏やかに言った。

「といっても、ヤツはとっくに会社を辞めて今は田舎で野菜を作ってるんだけど」
「へぇ」
「今度紹介するよ」
「うん」

静かなお店の雰囲気の中、篠塚さんがじっと私を見つめて口を開いた。

「夢。結婚しないか?」
前触れもなく、篠塚さんは穏やかなまま、そう言った。

「え?」
「夢を俺だけのモノにしたい」

「・・・・」
「来年。花ちゃんが大学を卒業したころ。一緒に暮らしたい」
「・・・あの」
「うん」
「でも・・・・」
「うん」

「花が一人になっちゃう」
「そうだな」
「私、仕事帰りも遅くて、家事なんか出来ないし」
「うん。それでも良いよ」
「奥さんらしいことは何もしてあげられない・・・から」
「うん。それでも良い」
「・・・・」
「それでも結婚したいんだ。夢を俺だけのモノにしたい」
「・・・・」

「花ちゃんの事が心配なら、待つよ」
「・・・・え?」
「無理やり結婚したいと思ってる訳じゃないよ」
「・・・・うん」
「束縛したいと思っている訳じゃないんだ」

「でも、俺がそう思ってることは覚えておいて」
「うん」

ぎこちない笑いしか出来ない私を見て
篠塚さんは安心させるように笑いかけてくれた。

「じゃぁ。これだけは受け取って」

そういって私の左手の薬指にシンプルなデザインのダイヤをはめてくれた。

「夢のイメージで、それだ。と思ったんだ」

私は今までなんの装飾もなかった指に綺麗にはまった指輪を見て
「あぁ。これがこの人の優しさなんだ」と思えた。

「来年。花が卒業するまで待ってくれる?」
「夢?」

「それまでは一緒にいたいの」
「・・・うん」
「そうしたら、篠塚さんのお嫁さんにして」
「慶輔」
「え?」

「夢も篠塚になるんだから。そろそろ名前で呼んでよ」
「――っ!」

今まで見た事もないような笑顔の篠塚さんがいた。

「け、慶輔」
「ん?」

「好き」

慶輔は、はーっと大きく息を吐き出して
「まいったな。想像以上に嬉しい」
と、思わずこぼれる笑顔のまま宙を仰いだ。


END*****
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by ichigo-ichigo205 | 2015-04-29 07:00 | ・夢を見るころ | Comments(0)

あぁ勘違い   

2015年 04月 26日

side花
今日、夢ちゃんが彼氏を紹介してくれるって。
マンションに駿ちゃんと彼を呼んだ。
―――ひどいよ。夢ちゃん。
駿ちゃんはいまだに夢ちゃんが好きなのに。彼氏を駿ちゃんにも紹介するなんて・・・
お願い。駿ちゃんの前でこれ以上くっつかないで!

side駿
マジでびっくりした。あの篠塚主任と夢が本気で付き合うなんて。
しかも何この二人。二人とも俺の知ってる人じゃない。
夢に優しい篠塚さんと、篠塚さんに照れてる夢?なんだこれ?

side篠塚
ん?

「夢ちゃん。篠塚さんとは結婚するの?」
まだわからないって言って!
駿ちゃんの前では言わないでね!

side篠塚
あれ?

「花。篠塚さんも夢も大人なんだから」
おいおい。余計なことは言うなよ?
篠塚さんと別れたら夢はもう彼氏なんかできないぞ!

side篠塚
はは~ん。分かった気がする。
「花ちゃんは俺が夢と結婚したらいやなのかな?」

「え・・・そんなことはないけど」
篠塚さんと夢ちゃんが結婚するのは駿ちゃんがつらいと思うけど。
夢ちゃんがそれを望んでいるなら・・

「なぁに?花は私が結婚するのを心配してるの?
可愛いわね!まだまだしないわよ。安心しなさい。
それより花。駿がもっと出世してくれるといいわね~」

「うっせ」
「あ~ら。出世しないと結婚できないわよ?(は・な・と)」

side花
まさか!駿ちゃんが出世しないから篠塚さんを選んだの?
そうなの?夢ちゃんっっ!!!

「篠塚さんの役職は何ですかっ?」
「え?俺?主任だけど」
「駿ちゃんはいつ主任になるの?」
「え・・・あと数年後?」

数年が待てないの?夢ちゃんっ!

side駿
まさか!俺が主任になったら俺との事を考えてくれる気か?花?

side篠塚
ああ。やっぱりね。

「なぁに?花。駿の出世が気になるの?」
「なるよっっ!」

side夢
ちょっと!駿。脈ありじゃないの?
早く出世しなさいよ!


「君たち三人はすごく面白いね♪」
「?」「?」「?」

「仲がいいってことが良く分かったよ」
「・・・・・」
「夢。もう楠に余計なことはしないように」

side夢
え?ちょっと篠塚さん。駿にヤキモチ?
やだ。嬉しい♪

side駿
篠塚さん、助かります。夢を見はっててください!

side花
・・・・・・

「すべて丸く収まるのを楽しみにしているよ」


篠塚さんの言葉が現実になるのは
まだ少し先の話・・・・♪


END*****
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by ichigo-ichigo205 | 2015-04-26 10:08 | ・夢を見るころ | Comments(0)